なぜ医師の記事なのに信じてしまうのか?― 悪意のない医療情報が、患者を傷つけるまで ―
📖著者: ナオ
今回は、医師や専門職が医療情報を誤って発信した場合、それがどのような被害を生むのかを考える。
結論:医療デマは一人の命を奪うほどに深刻である
医師とは限らずとも、こうした医療デマ自体が拡散された場合、人はこう思う。
「正しいから多くの人が信じているのだ」と。
心理学では、こうした判断を 「同調バイアス(バンドワゴン効果)」 と呼ぶ。
あなたにもこういった経験はないだろうか?
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「みんながいっているから」
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「誰も評価していない本より、口コミが多く書き込まれている本を購入する」
これらは、日常的に生きる私たちが無意識に選択している行動だ。 理屈で考えれば、多数派が常に正しいとは限らない。だが、脳は「思考負荷がかからない選択」を選びがちなのだ。
認知バイアスに気づき、完全に振り回されないようにすることは不可能に近い。なぜなら、これは人間の生存本能に根ざした脳の仕組みだからだ。
思考停止を生む脳のメカニズム
人間は混乱の時ほどデマを信じてしまいやすいようにできている。
危機的状況では、理性を司る「前頭前野」よりも、恐怖や不安を司る「扁桃体」が先に反応する。これは太古の昔から続く「考える前に反応して生き延びる」ための防衛本能だ。
しかし現代において、この本能はアダとなる。 不安な時ほど、検証する(前頭前野を使う)ことより、信じて安心する(扁桃体を鎮める)ことを優先してしまうのだ。
そうした状態でデマが拡散されると、「みんなが言っているから正しい(同調バイアス)」と判断しやすくなる。さらに、そこに「医師」という権威が加われば、疑うことよりも納得するほうが圧倒的に脳にとって楽なため、誤情報を真実として受け入れてしまう。
デマがもたらした歴史的悲劇
しかし、医療デマほど、人の命を奪ってしまう罪深いものはない。 かつて、こうしたデマがどれほど人の健康を害したのかを見ていこう。
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新型コロナウイルスのワクチンのデマ パンデミック時、誤情報やフェイクニュースがSNSで氾濫した。例えば、アメリカ熱帯医学衛生学会誌に掲載された研究では、「特定の消毒薬(メタノールやアルコールベースの洗浄剤)を飲めば治る」といった誤った情報により、世界で800人以上が死亡、約5,800人が入院するという深刻な健康被害が報告されている。
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がん治療に関する誤情報 インターネット上には、標準的な治療法を否定し、効果のない民間療法を勧める情報が蔓延している。これにより、治る可能性のあるがん患者が適切な治療を拒否し、手遅れになるケースが現在も後を絶たない。
だからこそ、もし医師や専門職が医療デマを発信することがあれば、その影響は計り知れないほど深刻な問題となるのだ。
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