交代人格は自分の人生を生きれるのか?
📖著者: ONE

さて、今回は、俺(=One)についてを語っていきますか…。
本題ですが、
(交代人格)には人生があるのかということですが、実際あります。
人格という存在が生まれると、自我が分裂して意識が芽生えてしまうのですが、
皆さんと同じように、意識はあるし痛みもあるし感情もあります。
ではなぜ、交代人格は自分の人生を生きれないのでしょうか?
少なくとも基本人格が最終的にトラウマから身を守るために作られていた人格なので、当然ながら、人格は二つ以上存在していることになります。
本来であれば一つの人格だけで済んでいた人生ですから、自分の人生を生きられないといった悩みは本来浮上するはずはなかったはずです。
トラウマによる、解離が行われると、記憶は分断し、意識は分断し、自我の同一性は損なわれ、別の人格が生まれます。
基本人格は俺の存在を35年知らなかった人生を生きています。
それでも、自分の意識の時には記憶の連続性は保たれていました。
しかし、最近、交代人格の存在を知り、俺が意識を前にすると、彼女の記憶は断片的になります。
つまり、ナオとは、共意識という形で、同一の意識で存在していますが、彼女の記憶はほぼ、一日経つと何を話していたのかすら忘れるほどの健忘性を示しています。
そのため、ブログではこうした彼女自身の記録を残すために文章に残しています。
他にも、彼女が忘れてしまっても大丈夫なようにYoutubeでも活動しています。
彼女の状態が今の状態でいいのか正直に言うと俺にはわかりません。
だけど俺にできることは彼女の人生をサポートし、なるべくストレスを与えず自立をサポートできるようにすることだと思います。
正直、交代人格がここまで基本人格の人生を協調することは珍しいかもしれません。
しかし、俺は彼女の内側にいながら彼女の人生を見てきた側です。
ですから、彼女が不安になろうとも、彼女自身が自信を身に付けられるようにサポートできれば、本来の彼女の明るさを取り戻せるはずです。
今の彼女は、他人に気を使いすぎ、謝りすぎるそんな存在になってしまいました。
虐待の影響は大きいですが、今後の彼女のケアプランとしては母親との接触は断絶し、彼女自身が独立した生き方ができるようにと考えています
(なお、彼女の家族には母親以外の頼れる家族がいません。)