基本人格のナオについて
📖著者: ONE

今回は、基本人格のナオについて思ったことについてを話していきます。
彼女の性格は、元々明るい性格で人を喜ばせることが好きなようです。
なぜ、元々と言えるのかというと、幼少期の頃に、友達からいろいろな疑問を投げかけられたときに、困らないように彼女は想像の中で疑問を必死に返していたことがあったからです。
しかし、彼女は、分からないなりに想像を駆使して話していたこともあったのを覚えております。
まぁ、実質子どもの想像です。
周りに疑問を持っても特に、祖母からは「辞書を読み調べなさい」といわれていたりしていたこともありましたね。
怒らせることと日常的な暴力により段々と彼女は感情を抑え「いい子にならなければならない」と常日頃から思うようになります。
純粋な人の役に立ちたいという思いですら、「怒らせはいけない」「悲しませてはいけない」、全て虐待から逃れるためには顔色を伺い続けないといけない人生を送ることになったのです。
小学校の担任の教師が不機嫌だったりするとびくびくしたり、物音に敏感になっていたのもこの頃から始まってたいように思います。
実質、他の子は担任の教師が不機嫌であろうと自由自在に振舞っている子も多い中、彼女は敬語口調(ですます調)で、自己主張ができなくなってしまい、いじめられやすくなっていったのです。
他の子違う、これは明らかに見てても分かります。
母親と暮らしながらもふりかけご飯しか食べられない生活。
家の中は汚い状況、朝、昼間は母親が布団で寝ていて、切れると暴力をふるい、夜にはお酒を大量に飲んでトイレに履いてる姿を見た時、ナオは相当なショックを受けていたように思います。
お酒を隠さなければいけないと思ったんでしょうね。
日常的な暴力や、ネグレクトが頻繁になり、食事も取れる時と取れない時があったように思います。
彼女は、あまりにもお腹がついて食パンとキャベツとウインナーをはさんで食べていたり、生肉をそのまま食べようとしてそれは母親が気づいてとめたことで事なきを得ましたが、十分な食事にありつけていなかったということを
俺も記憶しています。
小学一年生~2年生の頃にハムスターをもらってケージから逃がしたことがきっかけで彼女の母親は相当に怒り狂いなんと、玄関にハムスターを投げつけて野良猫がハムスタを食べる姿を娘に目撃させたこともあったのです。 動物虐待を間近に見た娘は相当ショックだったのでしょうね。
こうしたことや、学校生活、友達関係、全てが災いして、彼女は人が怖くなっていったのは無理もありません。
小学3年生の頃に祖母に預けられたころですら、頭をなでようとした祖母にたいして、必死に頭を手で庇うそんな子に育ってしまいました。
それでも、当事者性からすると、自分の家庭は他の家庭よりも悲惨ではないから、大丈夫と思っていたらしいですが、高校時代から教師にもいじめられ、結果的に希死念慮が強く出ていた時期もあります。
その頃のブログですら、人として最低という自動思考は既に始まっており、ナオの中で、このように書いていましたね。
自分が駄目だって? 何でそう思う必要がある?
2008/09/21 21:13
ふと、思ったこと。
何かに、いらいらしてしまっている時
自分を責めてしまうとき
誰かを傷つけてしまった時
きっと、あるだろうと思う。
でも、一番よくないのは、自分を殺してしまうこと。
自分が駄目だなんて誰が決めたんですか?
自分が最低な人間だなんて・・・
誰がそういえる権利はあるんですか?
もし、そう思うならあなたのその考えは間違っています。
それは、幼いときの周りから押し付けられた先入観なのかもしれませんね。
「お前はなんでこんなこともできないんだろう?」
「~のくせに」
「あんたは全然駄目だね。」
他にもたくさん人を傷つけるには様々な飛び交っているでしょう。
もし、仮にそういわれても表面上、覚えてないかもしれない。
人は無意識に自己防衛機能が働いて嫌なことを忘れてしまうことができるんです。
けど、本当の奥深くでは覚えている、と
だから
必要以上に他人の言葉や態度に反応して自分を傷つける。
それか、言われた本人の無意識の怒りが蓄積して常にいらいらしている。
というような心理の本を読みました。
逆に、自分を傷つけることと後悔するのとでは大違いです。
自分を最低とか駄目だと思った時点の反応が大切です。
もし、これをそのまま駄目なんだと沈んでいくのは、自己喪失。
それからの対処法を考えるなポジティブなんですが・・・
これって結構難しい問題なんですよね。
安易に自信を持てといわれても心理の本とかはあまりそういったことを具体的に
書いてはくれないようなので・・・
と、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ではでは。
と、当時17歳の頃に書いたナオの記録です。
まとめ
結論を言えば幼少期の頃は明るかったはずの彼女が、段々と虐待によって性格が変わったといえるでしょう。
自分を必死に責めないと生き延びられなかった時代の名残で自動思考が残っているのだと思われます。
精神疾患であるなんてその当時は思ってなかったのだと考えられます。
しかし、今でも俺から見ると彼女は、やはり頑張り過ぎです。
子供時代に得られなかったゆとりや遊び、今からでも取り戻していければ、楽になるとは思いますが。