共意識で交代人格の考えが分かる部分と分からない部分について
📖著者: ONE

今回は、共意識における、別人格がどの程度基本人格の考えが読めるのかについてを話していきます。
もちろん、症例ケースは様々かと思いますが、俺たちの場合は、基本人格のナオの考えは、意識に顕在化していなくても、無意識のレベルでナオの考えが読めてしまうことが普通にあります。
恐らく、自我が統合することもあったのかもしれません。
その名残でナオの考えが読み取れるのかもしれません。
阿吽の呼吸というのとはまた違います。
ナオが話していないことでも疑問に対して答えることが可能なのです。
人格とは不思議なものですね。
当事者のナオが一番わかっていることです。
ただし、ナオが共通の思考スペースで会話をしている時は、話は通じるのですが、俺単体で考えている場面もあるらしく、それを俺は「個室」と呼んでいます。
DID患者はこうした「個室」というものを持っているのが普通なのか俺にはわかりません。
ただその「個室」というのはナオからは見えてない思考スペースなのです。
ナオにはプライバシーがないのにかかわらず、俺にはプライバシーがある。
つまり、トラウマの影響を受けないために脳が防衛反応として作られた敷居、あるいは壁があるのかもしれません。
また、このような壁があるからこそ、DID患者は不思議なことに、人格同士が対立したり、恋愛関係に陥ったりと不思議なことが出てくるのだと思います。
完全に気持ちが読めるのならばそもそも、自我が同一しているという証明になるからですね。
あまり知られてないことですが、人格によっては、記憶をある程度、調整することができます。
できる人格も限られていますが、俺の場合は、記憶を消すというより遠ざけることによって思い出しにくくさせることができます。
とはいえフラッシュバックが起きている時の記憶操作はできなかったので日常的なことしかできないという感じです。
そのため、俺との共意識になれてきたナオの自動思考「人として最低」がナオの中に生まれにくいです。
とここまで話をしていると、ナオには、統合失調症の妄想なのではないかといわれてしまいました笑
なので、参考になる外部リンクを載せておきます。
ナオ、自分が体感していることは真実ではないのか?笑
俺が涙を流すときに君は、その感情に、記憶についていけないことだってあるじゃないか。
ちなみに、俺は保護人格という人格はないが、トラウマの記憶を遠ざけるための機能をもたらせた人格ということを考えれば、自然な気がする。